長柄の鶯塚(うぐいすづか)

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長柄にある豊崎東小学校の少し北側、谷町筋の北の突き当りになります。
大きな道の真ん中に、不自然に、赤い鳥居と玉垣で囲われたのが長柄の鶯塚です。

長柄の鶯塚について

椋の古木がご神木として祀られています。

こちらもまた、私のウォーキングコースです。天気の良い日には、以前紹介した毛馬北向地蔵さんからこの鶯塚、長柄の国分寺までをふらっと歩きます。

>>> 毛馬北向地蔵

この辺り、ほかにも長柄八幡宮とか淀川天神社、南長柄八幡宮、あと名前や由来も知らないお地蔵さんが幾つか。これらの神社とかお寺って、もともとは、亡くなった婆さんが日常的に歩いて居た散歩コースだったのを、今私が引き継いで、時々こうして手を合わせているのです。

鶯塚の由来

「鶯塚の由来」というのが貼られてあります。(以下転載)

この鶯塚は今から千二百年ほど昔、長柄長者の美姫が鶯を飼って人間の様にに可愛がっていた。ところがこの姫が病の為に死ぬと鶯は深くその死を悲しみ歌を詠み後を追う如く死んでしまった。
長者たちは、このうるわし話しを後世までも伝えようと鶯を姫と一緒に埋葬して鶯塚と名付けたと言われている。

又長柄は千三百十年前人皇台三十六代孝徳天皇の遺跡で中大兄皇子(後、天智天皇)及び中臣の鎌足(藤原氏祖)と共に蘇我氏の専横を退けて、大化の改新を断行された由緒の地で、「摂津名所図絵」によると「孝徳天皇の御陵は南河内の山田村に古来より鶯凌と称へられているので、この鶯塚も天皇に関係の高貴の方の御墓であろう」とある。

又今から二百四十年前の正徳三年夏、河内狭山の藩士で笹本源之介が父の仇加州の浪人羽滝伝太郎を母と共に四年間さがしもとめて遂に長柄長者の配慮により、この鶯塚のほとりで見事仇討ちをとげ狭山藩に帰ってから長者の娘お梅を妻に迎えたと云う、この鶯塚を舞台にした芝居もある。昔は小丘の上五輪塔の墓があって、その前に「鶯塚」と刻んだ今の石標が立てられ小庵もあって四時薫香が絶えなかったと言う。

昭和三十一年秋
史深会調べ
鶯塚保存会

ものすごく歴史があるのは間違いなく、そして、地元の方に大事にされているのがよく判ります。何時訪れても綺麗に掃除されて特別な場所だというのがひしひしと伝わります。

そもそも道路の真ん中にこの様な場所があるのが、何かを物語ってる訳ですね。

長柄の鶯塚への地図

住宅街にひっそりと佇みます。

駐車場などはありませんので、車でのアクセスの際には注意。

◆ 編集長G 記



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